2026年9月23日、東京・北区の北とぴあ さくらホールにて、
一般社団法人JPN dance協会主催「JPN ザ★歌踊祭2026」が開催された。
祝日、そしてあいにくの雨模様。
それでも会場には開演前から多くの人が集まり、客席には色とりどりのペンライトが輝いていた。
歌があり、舞があり、笑いがあり、そして客席から飛び交う温かな声がある。
豪華な出演者が揃ったこの日の舞台で何より印象に残ったのは、
ステージと客席との距離の近さだった。
誰か一人のためだけではない。
出演者も、舞踊家も、観客も、それぞれが同じ時間を楽しみながら、一緒にひとつの舞台を作っている。
そんな温かな気持ちが、ホールいっぱいに広がっていた。
公演は二部構成。
第一部では、JPN dance協会メンバーをはじめ、日頃から研鑽を重ねる舞踊家、
ダンサー、歌手たちが次々と登場した。
幕開けは、香月寿々也と藤村藤之輔による辰巳ゆうと「獅子になれ」。
日本舞踊ならではの美しさを感じさせる演目から、華やかなレビュー、
現代的なダンスまで、次々と表情を変えていく。
第一部後半には、三本木智子が「三陸大漁祝い歌」「紅葉恋路」を歌い、
松江市観光大使、島根県ふるさと親善大使を勤める、
小川たけるも「オリソグン」「さつまの花魁」を披露。
それぞれの歌声に舞が寄り添い、ひとつの楽曲の中に、また新しい景色が生まれていった。
舞踊だけで魅せる場面もあれば、歌声にそっと舞が重なる場面もある。
同じ一曲でも、そこに舞が加わることで、歌詞の中に描かれた情景や人物の思いが、
まるで目の前に立ち上がってくるように感じられる。
歌う人と、踊る人。
それぞれの思いが重なった時、一曲の世界はもっと大きく、もっと深くなる。
それこそが、この「歌踊祭」ならではの楽しさなのだと感じた。
豪華メンバーが集結した第二部
第二部には、青山ひかる、中澤卓也、楠木康平、亜蘭、そしてJPN dance協会代表・花園直道が登場。
まずは5人が揃って「青春時代」を歌唱。
続く沢田研二の名曲「TOKIO」では、JPN dancersも加わり、
サビをカブキロックス「O・EDO」のアレンジで披露した。
歌手たちの歌声と、華やかな舞。
幕が上がって間もないというのに、客席にはすでに笑顔があふれ、
「今日はどんなステージを見せてくれるのだろう」という期待が一気に膨らんでいった。
ソロコーナーのトップを飾ったのは亜蘭。
この日の翌日、9月24日でデビュー丸1年を迎えるという、
本人にとっても特別なタイミングでの出演だった。
「昨年のこのステージには、デビュー前にもかかわらず立たせていただきました」
そう振り返った亜蘭。
デビュー前から花園に声をかけてもらい、「花園城」への出演など、さまざまな舞台で経験を重ねてきた。
その一つひとつの出会いに感謝しながら話す姿から、この一年を大切に歩いてきたことが伝わってくる。
ステージでは、オリコン週間演歌・歌謡シングルランキング(2026年9月14日付)で
第1位を獲得した 2ndシングル「冬の涙」を披露。
さらに、自身が4歳の頃、初めて人前で歌ったという思い出の一曲、
氷川きよしの「白雲の城」を歌い上げた。
歌手であり歌の先生でもある祖母の影響で、物心がついた頃から演歌・歌謡曲に親しんできた亜蘭。
幼い頃は歌詞の意味もよく分からないまま歌っていたという「白雲の城」。
それから月日が流れ、歌手になるという夢を叶えた今、同じ歌を再びステージで届ける。
紀乃元瑛右の舞が重なる中、その歌声を聴いていると、
4歳の少年が抱いていた憧れと、今ステージに立つ亜蘭の姿が、
そっと一本の線でつながっていくようだった。
応援してくれる人たちと一緒に一歩ずつ重ねてきた歩みが、
「冬の涙」で週間1位という大きな結果につながった。
本人もステージ上で、
「本当にたくさんの方に発売と同時にご購入いただきまして、
ありがたい結果をいただくことができました」
と喜びを伝えた。
そして、もうひとつ嬉しい知らせがある。
亜蘭は「日本作曲家協会音楽祭・2026」において奨励賞を受賞。
授賞式は10月5日、同じ北とぴあ・さくらホールで開催される
「日本作曲家協会音楽祭・2026」で行われる予定だ。
この賞について亜蘭は、
「過去の受賞者を見ても、尊敬する先輩方ばかり。本当に幸せな気持ちでいっぱいです」
と語り、その喜びを何よりも「皆さんの応援のおかげ」と感謝した。
さらに10月19日には、日本橋三井ホールで自身初となるファーストコンサートも予定されている。
客席から「行くよ!」と声が飛ぶと、
「ありがとうございます!お待ちしております!」
と何度も嬉しそうに応えた。
その姿は、ただ華やかな「成功」の場面というよりも
、一年間応援してくれた人たちへ「ありがとう」を届ける時間のように見えた。
「この幸せな、ありがたい結果を大きな励みにして、
ここから2年目もしっかり頑張ってまいりたいと思います」
その言葉に客席から届いた、
「頑張って!」
という声。
きっとその声は、2年目を歩き始めた亜蘭の背中を、これからもそっと押していくのだろう。
続いて登場した楠木康平は、冒頭から持ち前の軽快なトークで会場を笑顔にした。
福島県郡山市出身、25歳。
デビュー曲「北へひとり旅」を披露した後、客席から、
「こうちゃん!」
と声が飛ぶ。
「ちょこっと恥ずかしい(笑)」
そう言いながらも、どこか嬉しそうな笑顔を見せる楠木。
客席とのやり取りの一つひとつから、その親しみやすい人柄が伝わってくる。
続いて披露したのは、セカンドシングル「流されたって」。
香月寿々、藤扇祥扇の舞が加わることで、
楽曲の中に描かれた物語がさらに鮮明に浮かび上がっていった。
そして楠木も「日本作曲家協会音楽祭2026」奨励賞を受賞。
その報告に会場から大きな拍手が送られると、
「本当に皆様のおかげです。これからも感謝の気持ちを込めて、
一生懸命また一つ頑張っていきたい」
と感謝を伝えた。
最後はカップリング曲「どうすっぺ」。
この曲に欠かせないのが、客席からの「こうちゃん!」コールだ。
歌唱前には、
「父ちゃんとか、母ちゃんじゃなくて、
こうちゃんでお願いします(笑)」
と念入りにリハーサル。
いざ曲が始まれば、客席はもう完璧だった。
「こうちゃん!」
会場いっぱいに響く声に、楠木の笑顔もますます大きくなる。
歌っている人が楽しそうで、客席も楽しそう。
その笑顔がまたステージへ返っていく。
短い時間の中に、楠木康平と観客との温かな関係がぎゅっと詰まっていた。
今年デビュー20周年を迎えた青山ひかる。
この日の衣装について、
「本番前に“クラゲみたいですね”って言われまして(笑)」
と話し始めると、会場は大笑い。
「今日はクラゲになって歌わせていただきます(笑)」
華やかな姿とは対照的な、飾らないトーク。
その瞬間、客席との距離がぐっと近くなった。
昨年に続いての出演となった青山は、JPNdance協会について、
演歌・歌謡曲、舞踊、そしてさまざまなジャンルを融合した他にはないエンターテインメントと語り、
その活動へ温かなエールを送った。
そして、自身の20周年については、
「もうこの一言に尽きます。本当に“おかげさま”しかないですね」
と感謝。
20年間歌い続ける。
言葉にすれば短いけれど、その年月の中には、数え切れないほどの出会いや喜び、
そして乗り越えてきた時間があったのだろう。
それでも青山は笑顔で、
「30周年、40周年と向かっていけるように頑張ってまいります」
と話した。
ステージではデビュー曲「東京ロスト・ラブ」をはじめ、「氷の炎」、最新曲「光る君に」を披露。
茜澤茜、藤村藤之輔の舞とともに届けられた歌声には、
20年間積み重ねてきた青山ひかるの歩みと、これからも歌い続けたいという思いが静かに重なっていた。
中澤卓也は「約束」で登場。
今年に入ってから花園直道と共演する機会も多く、
「花園城」では芝居やさまざまな企画にも挑戦してきた。
この日は、
「花園城でもね、私あの、悪役をいただいたりしてね、
斬られてハケていくとかやらせてもらったりとか(笑)
非常に楽しくステージをやらせていただいておりますけれども、
今日は寸劇はなしということで(笑)
皆さんに歌をお届けしてくださいということでお声がけいただいてやってまいりました。 」
と笑わせながら、伸びやかな歌声を響かせた。
デビュー曲「青いダイヤモンド」では恒例の「タクヤ!」コール。
初めて参加する人のために練習を始めたものの、客席から返ってきた声は最初から見事に揃っていた。
「練習いらないですね(笑)」
会場から笑いが起こる。
この日、客席にはさまざまな出演者を応援する色とりどりのペンライトが並んでいた。
そんな景色を見た中澤は、
「僕のペンライトじゃないペンライトも、ぜひ振ってください」
と呼びかけた。
誰を応援していても、この場所にいる時はみんなで一緒に楽しんでほしい。
そんな気持ちが伝わってくる、優しい言葉だった。
「北のたずね人」では花園直道とのコラボレーションも実現。
中澤の伸びやかな歌声に花園の繊細な舞が寄り添う。
歌の主人公が抱える思いや風景までもが、ゆっくりと目の前に広がっていくような時間だった。
その二人の間に、この日、小さな変化も生まれた。
花園が中澤に、
「僕、ずっと中澤さんって敬語で話してるんですよね」
と切り出したのだ。
中澤へのリスペクトがあり、どこかテレビの向こう側の人という感覚が抜けなかったという花園。
そこで、
「今日から、卓也くんって呼んでもいいですか?」
と問いかけると、中澤は笑顔で快諾。
さらに花園も、
「じゃあ、直ちゃんって呼んでください」
とお願い。
「直ちゃん、よろしくお願いします!」
そんな二人のやり取りに、会場は笑いと拍手に包まれた。
ほんの少し呼び方が変わっただけなのに、不思議とこちらまで嬉しくなる。
ステージの上で、またひとつ新しいご縁が深くなった瞬間だった。
中澤が最後に届けたのは、自ら作詞した「陽はまた昇る」。
自身が独立し、新しい道を歩き始めた中で生まれた作品だという。
自分自身の背中を押したい。
そんな思いから生まれた歌は、やがて、今苦しい場所にいる人たちへ届けたい歌へと変わっていった。
災害に遭い、いつ終わるのか分からない復興の日々を歩いている人たち。
どこへ気持ちをぶつけたらいいのか分からない人たち。
そんな人たちへ向けて中澤は、
「無理をせず、休み休みでもいい。半歩でも、一歩でも進めば、また明日はやってくる」
という思いを語った。
その言葉を聞いた後に聴く「陽はまた昇る」は、とても優しかった。
「頑張れ」と強く背中を押すのではなく、
「ゆっくりでいいよ」
と、そっと隣に座ってくれるような歌だった。
そして、この舞台の中心に立つ花園直道。
津軽三味線による「津軽じょんから節」では力強いバチさばきを披露。
山内惠介「この世は祭り」では大きなフラッグを手にダイナミックな舞を見せ、
鳥羽一郎「北の鴎唄」、そして自身のオリジナル曲「百花繚乱~blossom」まで、多彩な表情で観客を魅了した。
今、これほど華やかなステージの中心に立つ花園だが、
JPN dance協会が生まれたのは、何もできなかったコロナ禍だった。
公演ができない。
稽古もできない。
翌日の予定さえない。
そんな時間の中で、花園は70日間、毎日インスタライブを続けたという。
画面越しに集まってくれた仲間たち。
そこで、
「みんなで一緒に、和のエンターテインメントを広めよう」
という話が生まれた。
小さな画面の中から始まったご縁だった。
あれから6年。
その仲間たちは今、大きなホールのステージに立っている。
素晴らしいゲストが集まり、客席にはたくさんの人がいる。
花園はその景色を前に、
「本当に幸せで、感無量です」
と感謝を伝えた。
6年前には想像もできなかったであろう景色を目の前にして語るその言葉だからこそ、
胸に届くものがあった。
公演の合間、Sonoraの取材に応じた花園は、この歌踊祭について話してくれた。
始まりは6年前。
協会メンバーや、その弟子たちが一緒になって舞台を盛り上げようというところからスタートした。
現在では東京だけではなく、鹿児島、岩手、新潟、三重、大阪などへもその輪が広がり、
開催は通算10回を超えるという。
地方へ足を運ぶたび、
「こんな素敵な方がいるんだ」
という新しい発見がある。
普段はなかなか出会うことのできない舞踊家や、その弟子たち。
花園自身も、そんな新しい出会いを楽しみにしているのだという。
そして、花園がもうひとつ大切にしているのが、歌謡界と舞踊界とのつながりだ。
かつては新曲が発売されると舞踊の家元が振り付けをし、多くの弟子たちがその曲を稽古する。
レコード会社と舞踊界が、一緒になって歌を広げていた時代があったという。
花園は、歌と踊りの両方の世界に身を置く自分だからこそ、
「また、その掛け橋になれたら」
と話した。
それは単に昔へ戻りたいということではない。
今の歌には今の音があり、今の若い世代には今の感性がある。
だからこそ、日本舞踊の美しさを大切にしながら、ダンスや新しい音楽とも手を取り合っていく。
花園の言葉からは、伝統を守るだけではなく、
その魅力を次の人へ、さらにその先へとちゃんと手渡していきたいという思いが伝わってきた。
花園は今後についても、楽しそうに目標を語ってくれた。
10月10日には、米・ラスベガスで開催される「AKIMATSURI」へ12年ぶりに出演。
海外では、まず日本の伝統的な姿をしっかり届けたいという。
そして最後は、
「花園らしく、一緒に歌って踊って盛り上がりたい」
と笑顔を見せた。
さらに来年にはEXシアター六本木での「花園城」、
そして大阪・新歌舞伎座での初座長公演という大きな目標も待っている。
6年前、インスタライブの画面越しに出会った仲間たちとの小さな輪。
その輪が少しずつ人をつなぎ、今では全国各地へ。
そして今度は海を越え、海外の人たちとも同じ音楽で笑い合おうとしている。
ひとつの出会いが、また次の出会いへ。
その積み重ねこそが、JPN dance協会の6年間なのだと思う。
公演はいよいよフィナーレへ。
花園直道、青山ひかる、中澤卓也、楠木康平、亜蘭、
そして第一部に出演した三本木智子、小川たけるが集まり、「また逢う日まで」を歌唱。
それぞれ異なる個性を持つ歌声がひとつになり、会場いっぱいに響いた。
そして最後は、JPNdance協会のテーマソング「千年DANCE -JPN the world-」。
第一部、第二部の出演者が集まり、ステージはこの日一番の華やかさに。
JPNの扇子が大きく揺れ、歌手たちも客席へ。
手を振る人。
笑顔で応える人。
すぐそばを通る出演者へ、一生懸命声を届ける人。
ステージと客席を隔てていたはずの境目が、いつの間にかなくなっていた。
ホール全体が大きなひとつの舞台になったようだった。
この日、北とぴあにはたくさんの出会いがあった。
初めて観る歌手。
初めて知る舞踊家。
歌を聴いて踊りの美しさに
気づいた人もいれば、舞を観ながら、改めてその歌の良さを感じた人もいただろう。
「こうちゃん!」
「タクヤ!」
「なおちゃん!」
客席から飛んだ声に、出演者が笑顔を返す。
その小さなやり取りを見ているだけで、なんだかこちらまで嬉しくなる。
6年前。
公演もできず、明日の予定さえ分からなかった時に、
「何か一緒にやろう」
と集まった仲間たち。
あの日の小さな思いが、こうしてたくさんの人を笑顔にする舞台につながった。
そしてこの日、デビュー2年目へ進む亜蘭のように新しい夢へ向かう人もいれば、
20周年を迎えた青山ひかるのように長い年月を歌とともに歩いてきた人もいる。
新しい一歩も、積み重ねてきた20年も、6年前から広がってきたJPN dance協会の輪も。
すべてが同じステージの上で出会った。
それは、上手に歌うことだけでも、華やかに踊ることだけでもない。
誰かの歌に、誰かが舞で寄り添うこと。
頑張っている人へ、客席から声を届けること。
そして、同じ時間を過ごした人たちが、帰る時に少しだけ優しい気持ちになれること。
雨の中、北とぴあへ足を運んだ人たちが帰路につく頃。
それぞれの胸の中には、お気に入りの一曲や忘れられない舞、
そして誰かの笑顔が残っていたのではないだろうか。
歌と踊りがつないだ、たくさんのご縁。
そのご縁がまた新しい笑顔へとつながる日を、楽しみにしていたい。
2026年9月23日
撮影 : 青木優子
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